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フラクタル 第11話 「楽園」 簡易草子・総評

2011年04月05日 23:17

「俺は世界のことは分からない。僧院もスンダたちも正しいところがあって、間違いがあった。どっちかを選べって言われても、今の俺には無理だ・・・。でも一つだけ言える。今、君とネッサを失ったら、俺悲しい。死ぬのと同じくらい辛い。」byクレイン
「クレイン、私のクレインのことが好き!」byフリュネ


 こんばんは、少し遅れてしまいましたが、フラクタルの最終話の簡易草子の更新をさせていただきます。内容的には非常に考えられておりますが、少し微妙な話題も多くありました。個人的には好きなのですが、たぶん全体的な評価だと低くなるかもしれませんねー・・・。

 それでは続きから書いて行きましょう。ではいきましょう!



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概略

 クレインとネッサが見ている中、バローに捕まってしまったフリュネですが、バローはここで仲良くしてくれたご褒美としてこの世界の真実を教えると言います。人間が神と呼ぶ少女オリジナルフリュネの生体データをフラクタルシステムの中で、当時の研究者たちは肉体と魂に分けて、鍵にしたのだと。しかし上手くいかず、神を再降臨することにしたのですが、肉体を分析して魂を量産して実験を繰り返したということです。それも失敗してしまい、そこでバローが研究を担う役割になったようです。そこでバローが引き取ったのが今クレインたちの前にいるフリュネであったようです。一方でバローは研究の末についに実験の失敗の原因を突き止めたのでした。

 その頃、スンダ,エンリ,タカミーは僧院と戦いながらクレインたちを探しています。アラバスターの目的を知ったスンダはどうしても彼らより早く見つけなければならないということで、スンダとエンリ&タカミーに別れて、捜査を続けるのでした。

 フリュネは愛を知ったからと言うバローですが、バローの言葉にフリュネが暴走。そしてバローを刺して逃げ出してしまうのでした。すぐにネッサはフリュネに追いつきますが、そこでネッサの言葉に励まされるフリュネ。その時にある歌が聞こえるのですが、フリュネはそれを目指してネッサを連れていくのでした。一方、クレインの前にはバローが立ちはだかりますが、そこに実際いたのはエンリとタカミー。そしてフリュネとネッサが好きなら守り通せと言うエンリの言葉に、まだ自分は伝えていないのだと思い出すクレインなのでした。その頃、アラバスターは援軍が来ず孤立無援状態に、そのことでディアスは部下をダナンへ逃げるように伝え、自爆攻撃による僧院の破壊に取りかかるのでした。一方、クレインたちにスンダも合流しますが、スンダはやることが残っていると言い、エンリにダナンの指揮権を譲り、クレインとともにフリュネとネッサのもとへ急ぐのでした。

 クレインとスンダは先へ急ぐ途中に歌声を聞きつけますが、その先にいたのはフリュネとネッサ。しかし、そこには僧院の兵士やモーランもいて、迂闊に手を出せません。そこにディアスが来るのですが、モーガンに対して自爆攻撃し、儀式は大混乱。スンダも混乱の途中に撃たれ、クレインに自分の信じた道を選んでみろと言い残すのでした。残されたクレインとフリュネとネッサは「空の屋根」へ急ぎます。一方、ダナンは間一髪で脱出成功。そのままスンダたちを見捨てて、逃げることを進言する大爺の言葉に抗議するタカミーですが、大爺の言葉を聞き入れて立ち去るように言うエンリなのでした。

 「空の屋根」へ進むエレベーターで、クレインはフリュネに本当に鍵になるのか尋ねます。それに同意するフリュネはネッサの損傷もあるからと。自殺行為じゃないかと言うクレインは、フリュネに好きだと伝えます。そして3人で決めようと提案するクレインなのでした。ダナンでは、強がっていたエンリも限界のようで、大爺に慰められていますが、ロストミレニアムの存在はフラクタルシステムの破壊ではなく、人間らしく生きていた生き様を後世に残すものだとエンリに伝えるのでした。

 「空の屋根」の至るクレインとフリュネとネッサ。そこでオリジナルフリュネの記録とネッサの存在、僧院の歌の意味など。オリジナルフリュネは普通の少女であったのですが、歪んだ世界を受け入れて笑っていられたことについて言及するフリュネ。そしてフリュネは今ならこの世界を好きになれるかもしれないと言いますが、大切な人たちを守りたいのだと宣言します。それに対して、クレインは2人が融合してどうなろうとも自分が連れて帰り、『3人』で暮らすのだと答えます。そしてフリュネとネッサはフラクタルシステムの再起動をするのでした。

 そしてフラクタルシステムの再起動から1年後、僧院の崩壊でフラクタルシステムの次回の再起動はないということです。エンリはグラニッツ一家の首領としての貫禄が出てきており、他のみんなも元気そう。一方、クレインはずっと眠り続けていたフリュネが起きたのに気付きます。人格はフリュネとネッサが混在しているようですが、それを受け入れるクレイン。そしてフリュネはクレインが好きだと語るのでした。



総評

 第1話がかなりの部分でジブリのような雰囲気を感じられましたが、その後の流れは非常にクレインの成長を優しく描かれていたと思います。僧院もロストミレニアムもどちらの考え方においても、完璧というものではなく、そのことをクレインは最初受け入れることができませんでした。しかし、グラニッツ一家との出会い、そして何よりもフリュネとネッサとの邂逅で、徐々に自分の考えをまとめていく姿がとても鮮明に描かれていたと思います。

 一方で、フリュネの心の動きも巧みに見せることをしており、最終的には自分という存在に前向きになり、世界を好きになろうとした姿勢まで行き着いたのは良かったと思います。またネッサという存在は謎に包まれていましたが、それはオリジナルフリュネの愛用のぬいぐるみの愛称で、そこから来ているとは思いませんでしたねー。

 結局オリジナルフリュネが神であるということですが、その根拠が描かれていないのが気になりました。他にも、クレインの父親とドッペルの雰囲気の違い。また、フラクタルシステムの再起動の1年間に起こったことなど・・・。それはまあ語られない物語として片づけても良いのかもしれませんがねー。

 キャスト陣は山本寛監督の典型的なキャストのような気がします。基本的には安定感のある声優陣を使え、とても個性豊かなキャラクターたちに声もあっていて、個人的には好印象です。ただ、個性がなかったと言えば、そうならざるをえなかったストーリーは少し・・・。

 このアニメが伝えたかったのは、現代世界の進むはずの道は、フラクタルシステムのような物質的に豊かな世界であり、そのことで『幸せ』を得ることはできる。しかし、その代償としてフラクタルシステムという機械による統制を受けてしまい、それによって人間らしさを失いかねない。一党制社会主義に近いものだと思いますが、本当の自由というものを知らない人間が誕生してしまうと言うことで良いのでしょうか?合理的な理想としてはフラクタルシステムは素晴らしいものの、本当の意味の人間らしさを失う代償にはどうかという問いかけのような気がします。

 最後に非常に難しい物語ではありましたが、個人的には面白かったです。今後もまた違った視点でのアニメ制作をしていただければ嬉しく思います。制作に携わった皆さま、お疲れさまでした。
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